世界経済 2020 5 16
「お父さんが脳卒中で倒れた」
病院へ向かうタクシーの中で、
「夫は、昨年、営業本部の副本部長になって、
あまりにも頑張りすぎたのよ」と妻は思った。
頑張り屋の夫の姿が何度も脳裏をよぎり、
主治医の言葉が、うわの空となってしまう。
「左側の脳に脳梗塞があり、
右麻痺になる可能性があります。
また、言語領域が傷ついた可能性があります」
そんなことを言っていたのか。
毎日、病院に行って、毎日、看病する。
無我夢中で、夫を看病しているうちに、
不思議なことに充実感を感じる。
いつも残業で、夫がいなかったので、
家族はバラバラになってしまったと思っていたのに、
今は、息子も娘も、交代で病院に行ってくれる。
久しく失っていた家族の一体感が戻ってきた。
しかし、その充実感は、主治医の言葉で暗転する。
「ご主人の症状は、プラトーになりました。
つまり、治療をしても変化がない状態です。
これからは、リハビリテーションが中心となります。
体の右半身に麻痺が残った状態であり、
現在は、車いすですが、右足にシューホーンブレースをつけて、
つまり、足に装具をつけて歩けるようになります。
また、脳の言語領域が傷ついたので、
言葉は聞き取れますが、言葉を話しにくい状態です。
これは、言語聴覚士の訓練で改善されるでしょう」
もう夫は副本部長には戻れないのか。
いや、会社に通勤できるのか。
新型コロナウイルスによって重症になってしまった世界経済は、
「V字回復」ができるのか。
もし、そうであるならば、新型コロナウイルスは、
経済的には一過性のものとして、人々の記憶から消えていくでしょう。
しかし、後遺症が残ってしまったら、
つまり、新型コロナウイルスによって、
人々のライフスタイルが変わってしまったら、
既存の産業は、厳しいことになるでしょう。
もちろん、新しいライフスタイルには、新しい産業が興隆するでしょうが、
「生みの苦しみ」となるでしょう。
我々の生活は、映画「マトリックス」のようになってしまうのか。
どちらが「仮想空間」なのかわからなくなってしまう。
少なくとも、生活の半分は、電子空間の中に移行するかもしれません。
そうであるならば、フェイスブックは時代を先取りしていたかもしれません。